福岡地方裁判所飯塚支部 昭和37年(わ)199号 判決 1963年1月29日
被告人 河上勲 外五名
主文
被告人河上勲を懲役五年に、
被告人徳永敏雄を懲役一年二月に、
被告人輪田幸生を懲役十月に、
被告人紫村保人を懲役六月に、
被告人熊脇一義を懲役六月に、
被告人服部利次を懲役六月に、
各処する。
未決勾留日数中被告人河上勲に対しては八十日を、被告人徳永敏雄、同輪田幸生に対しては各五十日を、被告人紫村保人に対しては四十日を、当該被告人の右各刑に算入する。
但しこの裁判確定の日から各一年間被告人熊脇一義、同服部利次に対する右各刑の執行を猶予する。
押収してある猟銃一丁(証第一号)、刺身庖丁一本(証第二号)散弾八発(証第三号)、拳銃一丁(証第四号)及び古川沢司保保管にかかる実包九発はいづれもこれを被告人河上勲から没収する。
訴訟費用中証人本田マスエ、同山本数男、同原口国彦に支給した分は被告人らの連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人河上勲は福岡県鞍手郡所在の山本鉱業所(山本数男経営)の職員として同鉱業所に在籍する傍ら、昭和三十七年二月頃より同郡宮田町大字宮田の肩書居宅に移り、同町駅前通りにおいてバー「青い鳥」を経営し、居町界隈において次第に勢力を有するようになつていたもの、被告人徳永敏雄、同輪田幸生、同熊脇一義、同紫村保人、同服部利次はかつて被告人河上の経営していた炭鉱で働いていた等の関係から同被告人と知り合い、いづれも平素より同被告人方に出入して親しく交際し、その輩下と目されていたものであるが、
(一) かねてより右宮田町において飲食店を経営し界隈において相当羽振りのよかつた万田愛治は、被告人河上勲が同町内において勢力を拡張していることを心よく思わず同被告人に対し反感を抱き、そのため右万田愛治一派と被告人河上勲らとは互に反目し合つていたものであるところ、たまたま同年八月二十二日に被告人河上と親交のあつた前記山本数男が、万田愛治と親しくしている原口国彦と些細なことで口論して掴み合うという事態が発生し、万田愛治が右両者の仲裁の労をとり、一応円満に和解することとなつたので、翌同月二十三日午後八時頃その結果を報告するため万田愛治が原口虎夫を帯同して被告人河上の肩書居宅を訪れた際、待ちうけていた被告人河上、同輪田、同徳永らは右万田の態度が横柄であり、その言辞が侮辱的であると考えて立腹し、暗黙のうちに意思有無相通じて共謀の上右万田に制裁を加えようと決意し、被告人輪田において立ち帰ろうとしていた右万田の肩の辺をいきなり掴んで「一寸待て、話しがついたのなら、ついたようにしろ河上方に来てこのまま帰る積りか」等と怒鳴りつけながら同人の顔面を平手で殴りつけ、さらに足蹴りにし、被告人徳永において手元にあつた一升瓶をとりあげて右万田の頭部を強打し、その間被告人河上は「やれやれ」等と声をかけて加勢する等の所為に及び、因つて右万田に対し全治までに約一週間を要する頭部胸部挫傷を負わせ
(二) 被告人河上勲は、前記のとおり万田愛治に対し殴る蹴る等の暴行を加えたために同人が激怒して帰つて行つたことから、同人がその輩下の者らを糾合して復旧のために殴り込みをかけてくるものと直ちに予想し、その際には前記徳永、輪田ら自己の輩下の者と共同してこれを迎撃し、万田一派の者の身体に害を加え、あるいは場合によつては同人らを殺害するような事態が発生することもやむなしと考えの下に右万田らを撃退しようと企ていわゆる共同して右万田らの生命身体に害を加うる目的をもつて同日午後九時過ぎ頃兇器である刺身庖丁五本(証第二号はその一本)を徳永をして買い集めさせ、さらに自ら猟銃一丁(証第一号)、拳銃一丁(証第四号)、猟銃用散弾(証第三号はその一部)、拳銃用実包を用意して前記自宅にそれぞれ準備し、同日午後十時前頃自己と意を同じくする徳永敏雄、輪田幸生、熊脇一義、紫村保人、服部利次らを同町国鉄バス宮田営業所附近に集合させ、同被告人らに右刺身庖丁を分配する等した上同所に待機させ、もつて兇器準備結集をなし、
同月二十四日午前零時過ぎ頃右国鉄バス宮田営業所附近より被告人河上の肩書居宅前附近に移動して更にひき続き待機中、万田愛治が奥田政文、小川智、有吉一、原口竹生、和田健次らを帯同して被告人河上方の西隣に位置する旧映画館「大生館」方向から押し寄せてくる姿を認めるや、同人らを撃退するためには自己の所持していた前記猟銃(証第一号)をもつて射撃し、その際前記のとおり万田愛治らの徒党のうちの幾人かが死亡することあるも止むなしとの決意の下に、約二十米附近に接近してきた右万田愛治らめがけて右銃で狩猟用散弾二発(一発につき約四十個の弾が入つてをり証第三号は発射されたものの一部)を続けざまに発射して万田愛治(当三十二年)、奥田政文(当二十年)小川智(当三十二年)にそれぞれ命中させたが、万田愛治に対しては全治までに約六ヶ月を要する左下腿左足銃創、奥田政文に対しては加療約十日間を要する右肘部、右手掌部、左胸部盲管銃創、小川智に対しては加療二十八日を要した左上腕、左側胸部、左下腿、左大腿、右下腿、陰嚢散弾創を負わせたのみで殺害するに至らず
(三) 同月二十三日午後九時過ぎ頃被告人徳永、同輪田、同熊脇、同紫村、同服部らは前記のとおり、河上勲と共に万田愛治ら一派の者による復讐のための殴り込みに対抗し、同人らの身体に共同して害を加うる目的を以て兇器である刺身庖丁(証第二号)を準備し、あるいは兇器である猟銃、拳銃の準備してあることを知つて同日午後十時前頃前記国鉄バス宮田営業所附近の路地に集合し、前記刺身庖丁の分配をうける等して待機し、もつてそれぞれ兇器準備集合をなし
第二、被告人河上勲はなんら法定の除外事由がないのにかかわらず昭和三十六年三月頃から昭和三十七年八月二十三日までの間同被告人の肩書居宅において九四年式拳銃一丁(証第四号)及び実包九発を所持し
第三、被告人徳永敏雄は小使銭に窮した結果、同年二月二十八日福岡県鞍手郡鞍手町大字中山上新橋所在古鉄商田中一郎方において、河上勲より同人所有にかかる古鉄類を売却するよう依頼をうけた事実はないのにもかかわらずこれあるもののように装い、右田中に対し「河上から売つてくれと頼まれたのだが、河上の炭鉱にある古鉄類を買つてくれんか」等と虚構の事実を申し向けてその旨同人を誤信させ、同日同人方において河上勲の所有にかかる自動車エンヂン巻一個、台車六台等の売却代金名下に同人より現金二万五百円の交付をうけてこれを騙取し
第四、被告人輪田幸雄は三菱新入炭鉱下請の栗田組仕繰夫として働いていたが、同年八月十九日午後四時三十分頃前同町大字八尋字旭所在鮮魚商石川某方において、自己の同僚である中西優(当二十八年)が無断で欠勤したことに文句をつけ、手拳で同人の顔面を数回殴打し、さらに足蹴りにする等の暴行を加え
たものである。
(証拠の標目)(略)
(累犯となるべき前科)
被告人河上勲は、昭和三十四年二月二十日福岡地方裁判所直方支部において恐喝、道路交通取締法違反罪により懲役一年二月に処せられ、該判決は同年八月十七日確定し、当時右刑の執行を受け終つたもの、
被告人徳永敏雄は、(一)昭和三十年十一月二十一日大分地方裁判所において横領、詐欺、窃盗罪により懲役二年に処せられ、該判決は同年十二月六日確定したが、昭和三十二年七月五日仮出獄を許されて出所中、(二)同年十一月二十九日鹿児島簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月(未決勾留日数二十日算入)に処せられたため、先の仮出獄を取消され、ここに両者の刑の執行を引き続き受け終つたもの、
被告人紫村保人は昭和三十一年一月三十一日福岡地方裁判所飯塚支部において傷害致死罪により懲役三年(未決勾留日数百日算入)に処せられ、該判決は同年六月二十六日確定し、当時右刑の執行を受け終つたもの
であつて、右の各事実は被告人河上勲に対する検察官作成にかかる前科回答書、被告人徳永敏雄に対する検察官作成にかかる前科回答書、被告人紫村保人に対する検察事務官作成の前科調書によつて夫々これを認める。
(法令の適用)
一、被告人河上勲、同徳永敏雄、同輪田幸生の判示第一の(一)の傷害の点につき
各刑法第二百四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第一号本文、刑法第六十条(いづれも懲役刑を選択する)
二、被告人河上勲の判示第一の(二)の所為中
(イ) 兇器準備結集の点につき
同法第二百八条ノ二第二項
(ロ) 殺人未遂の点につき
各同法第二百三条、第百九十九条
(右の右殺人未遂の点は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当し、且つ右兇器準備結集と殺人未遂の各所為は手段結果の関係にあるから同法第五十四条第一項前段後段第十条により、犯情の最も重いとみとめられる万田愛治に対する殺人未遂罪の刑に従つて処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択する)
三、被告人徳永敏雄、同輪田幸生、同熊脇一義、同紫村保人、同服部利次の判示第一の(三)の兇器準備集合の点につき
各同法第二百八条ノ二第一項、刑法附則(昭和三三・四・三〇法一〇七号)第三号、罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号本文(いづれも懲役刑を選択する)
四、被告人河上勲の判示第二の所為中
(イ) 拳銃の不法所持の点につき
銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項、第三十一条第一号、罰金等臨時措置法第二条
(ロ) 実包の不法所持の点につき
火薬類取締法第二十一条、第五十九条第二号、罰金等臨時措置法第二条
(以上の拳銃及び実包の所持は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段、第十条により重い拳銃所持の刑をもつて処断することとし、所定刑中懲役刑を選択する)
五、被告人徳永敏雄の判示第三の詐欺の点につき
同法第二百四十六条第一項
六、被告人輪田幸生の判示第四の暴行の点につき
同法第二百八条、罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号本文(所定刑中懲役刑を選択する)
七、被告人河上勲、同徳永敏雄、同紫村保人の判示各所為に対する累犯加重の点につき
各刑法第五十六条第一項、第五十七条(被告人河上勲の判示第一の(二)の罪の刑に対する累犯加重に際しては同法第十四条の制限に従うこととする)
八、被告人河上勲の判示第一の(一)、(二)及び第二の各所為、被告人徳永敏雄の判示第一の(一)、(三)及び第三の各所為、被告人輪田幸生の判示第一の(一)、(三)及び第四の各所為が、夫々いづれも併合罪の関係にある点につき
同法第四十五条前段、第四十七条本文、第十条(被告人河上勲については最も重い判示第一の(一)の殺人未遂罪の刑に同法第十四条の制限に従つて併合罪の加重をした刑期範囲内で、被告人徳永敏雄については最も重い判示第一の(一)の傷害罪の刑に同法第十四条の制限に従つて併合罪の加重をした刑期範囲内で、被告人輪田幸生については同法第四十七条但書を適用した上最も重い判示第一の(一)の傷害罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で夫々処断する)
九、被告人河上勲、同徳永敏雄、同輪田幸生、同紫村保人に対する未決勾留日数の算入につき
各同法第二十一条
十、被告人熊脇一義、同服部利次に対する刑の執行猶予につき
各同法第二十五条第一項
十一、押収してある猟銃一丁(証第一号)、刺身庖丁一本(証第二号)、散弾八個(証第三号)、拳銃一丁(証第四号)及び実包九発の各没収につき
各同法第十九条第一項第一号第二号、第二項(証第一号乃至第三号は判示第一の(二)、(三)の罪の供用物件、証第四号及び実包九発は判示第二の罪の組成物件)
十二、訴訟費用の負担につき
刑事訴訟法第百八十二条
以上の理由により主文のとおり判決する。
(裁判官 桜木繁次 岩隈政照 松永剛)